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ついに明日、日本を出発します。

いつものことながら、まだ荷物のパッキングが終わっていません・・・。

でも、また中東の国へ行くということで、友人がこんなところ↓へ連れて行ってくれました。




大阪は北新地にある豚肉専門店「美人豚家(べっぴんや)」

各種豚肉を取り揃えている、豚肉オンパレードの焼肉屋さんです♪

中東では今ラマダン中で、みんなまだ断食しているというのに、ハラームだ・・・。




豚肉の5種盛りを頼むと、こんなお皿が!

日本各地の5種類の絶品豚肉が出てきて、これを各自のテーブルにある鉄板で焼きます。




全部ほっぺたが落ちるかと思うぐらい美味しかったのですが、個人的に好きだったのは・・・

鹿児島の黒豚です。

肉が甘くて柔らかくてジューシーで、最高でした♪

もちろんこれだけでは足りなかったので、他にもトントロ(絶品!)なんかも頼みました。

「中東には豚の代わりに羊があるじゃないか。」という意見もありますが、やっぱり日本人としては豚肉の美味しさには適いませんね。

そんなわけで、タップリ豚肉も食べ溜めして、準備万端です。

あとはパッキングですね・・・。

頑張ります。


先日、近所のホテル「舞子ビラ」へ、ランチバイキングに行ってきました。

前日の大雨とうって変わって天気も良く、明石海峡大橋もきれいに見えます。

この辺りは空気もきれいし自然も多いので、心が安らぎます。




ここのランチバイキングには、土地柄「明石焼き」も置いてありました。

そして、ここのランチバイキングのデザートの目玉である、チョコレートフォンデュ

これは、あまりどこのバイキングでも見たことがありません。

溶かしたチョコレートが噴水のように上から出て下に流れ落ちているので、小さく切られたパンやバナナ、マシュマロなどを、このチョコレートの塔に浸して食べます。



バイキングの後は、明石海峡大橋に付設されている「橋のプロムナード」へ。

ここでは、橋の成り立ちや工事当時の風景などを見ることが出来ます。

しかし、何と言ってもその目玉は、橋の中(車が通っている道路の下の部分)を歩くことが出来ることです。





橋の下の部分の通路を歩けるのですが、ところどころガラス張りになっているところがあって、そこからは、はるか50m下の海面が・・・。

足元のガラス1枚の下は、50m下の海・・・。

もしガラスが割れたら・・・、考えると足がすくんでしまいます(汗)。


ここから歩いて15分ぐらいの垂水の海岸には、若者に大人気のアウトレットモールもあります。

天気の良い週末に、おススメの西神戸観光コースです♪


またも、イエメンのアメリカ大使館に対するテロ攻撃が起こってしまいました。



9月17日(水)現地時間午前9時半頃に、サナア市北東部に位置するアメリカ大使館の門のところで、2回の爆発10分間にわたる銃撃戦があったとのことです。

死者は大使館を守っていたガードが6名、付近の一般住民が4名、それからこのテロ攻撃を起こした武装兵6人の合計16名(イエメン人15名とインド人女性が1名)とのことです。

今年の3月にもアメリカ大使館を狙ったテロがあったので、今年に入ってもう2件目になります。
(↑関連記事はこちら。)



この事件、実はすごいタイミングで行われたテロなんですよね。

と言うのは、3月のアメリカ大使館に対するテロ事件が起こった後、アメリカ政府はイエメンの危険度を上げて、イエメンにどうしてもいなければならないアメリカ人外交官たちを除いて、その他の外交官たちをワシントンなどに退避させたのです。

この措置で、その当時イエメンのアメリカ大使館にいた外交官の半分ぐらいが退避したと聞きました。

そして、なんと今からほんの1ヶ月ほど前に、アメリカ政府がイエメンの危険度を下げ、退避していた外交官たちがイエメンに戻ってきたばかりなんですよね。

イエメンのアメリカ大使館で働いている僕の友人の外交官も、3月に起こったテロ事件以降ワシントンに退避していましたが、先月イエメンに戻ってきていました。



おそらく、最近イエメンに戻ってきた外交官たちは、戻ってきた矢先にまた退避させられることになるのでしょう。

犯行声明を出したイスラミック・ジハード・イエメンがこの情報を察知していたのかどうかは定かではありませんが、おそらく色んな筋から情報が漏れていたとすれば、戻ってきたアメリカ人外交官たちをまた本国に逃げ帰らせるためにやったのかもしれません。

これは全くの僕の憶測ですが、やはり今回アメリカ政府が危険度を下げた直後にこのような事件が起こったためアメリカ政府の危険度を下げた決断が疑問視されれば、今後当分の間はアメリカ政府はイエメンに対する危険度を下げられなくなり、イエメンにおけるアメリカのプレゼンスは自然に低まります。

イスラミック・ジハード・イエメンは、今後他の大使館も標的にすると公言しており、他の大使館などがどういう対応をするかも注目です。

イエメン北部では政府軍はホーシー一派との交戦状態、南部では失業やインフレのためデモや騒乱が頻発しており、イエメンに平和が訪れるのはまだまだ先の話のようです。

イエメンにおられる方々、くれぐれも気をつけてください。


(写真上)僕が仕事で少々危険な地域のプロジェクトを視察に行った時に、付き添ってくれた警備隊。かなり重装備でいかめしいため、初め見たときはビックリしましたが、カメラを向けるとみんなニコニコ笑って「おれも、おれも!」と寄ってきます(笑)。

(写真中)サヌア州某所にある武器屋さん。新聞では、「武器屋はもう全部閉められた」という報道がなされていますが、実際にはこのように開いています。店主に「写真はダメだ」と言われたので、遠くから隠し撮りしたものです(←おいっ)。一応隠し撮りなので、店の名前と電話番号は消させていただきました。

(写真下)懐かしのサナア旧市街。ちょうどこの時この辺りで結婚式が行われていたため、豆球の明かりが夜の旧市街を煌々と照らしています。


先日、いつもこのブログにコメントを寄せてくださるラスさんとオフ会をしました!

ラスさんは明石ご出身だと伺っていたので、明石の魚の棚にでも行こうかと思っていたのですが、なんと現在は大阪在住ということでしたので、大阪で待ち合わせて一緒にお昼ご飯を食べに行くことになりました。



場所は、心斎橋のトルコ料理屋「ナザール」

やっぱりアラブ繋がりってことで、あんまり普通のレストランでは雰囲気が出ないということで、アラブではないですがアラブに限りなく近いトルコ料理に落ち着きました。

店内にはトルコで買ってきたと思われるインテリアやアクセサリーで、とても華やかでした。



注文したのは、もちろんシャワルマ♪

懐かしくて美味しかったのですが、イエメンで食べていたシャワルマに添えられていた「にんにくマヨネーズソース」が無かったので、ちょっと味が足りないような気がしました。

いえ、シャワルマに「にんにくマヨネーズソース」なんて付けて食べるのはイエメンだけなのかもしれませんが・・・。



食後には、もちろんトルコチャイ

イエメンの甘ったる~いシャーイハリーブ(ミルクティー)も懐かしいですが、トルコチャイもなかなか良いです。

レストランの名前が「ナザール」というだけあって、チャイのグラスにも「ナザールボンジュ」のマークが。

アラビア語では「ナザル」って「見ること、視力」とかそういう意味なのですが、おそらくトルコ語でもそうなのでしょうね。



ラスさんとの話が盛り上がりすぎて、気付いたらもうレストランの閉店時間。

レストランの奥では、シェフと店員さんがご飯を食べ始めていました。

ということで、今度はガラッと雰囲気を変えて、「英国屋」というお洒落なカフェに。

そこでも、ラスさんとの会話はさらにもう一盛り上がり。

結局、待ち合わせしてから約5時間後に、大阪駅でお別れしました。

ラスさん、長い間お付き合いくださいまして、どうもありがとうございました!


僕の住んでいる「神戸」という町。

町の北側には山が、南側には海があり、町はその間に細長く伸びている。

前川清内山田洋とクールファイブも歌っているオシャレな町である。




そんなオシャレな神戸の裏通りで、とってもオシャレなネーミングのレストランを見つけてしまいました!

その名も・・・


「たすけ亭~」



ご覧の通り、お好み焼き屋さんです。

しかも2階は、「カラオケスナック 逢えて良かった」

そして隣は、「立呑や お嬢」・・・。

神戸もまだまだ奥が深いです・・・。



研修があったので、東京に行ってきました。

半年振りの東京。

なんか見たことも無いビルが建っていました。

こういう奇抜なビルって、ドバイとか湾岸石油成金諸国の専売特許じゃなかったの?というのが、僕の率直な感想。

でも、なんとこれは学校らしいですね。

ファッションスクールか何かだとか。




歌舞伎町に突如現れた神社。

突如っつっても、ただ単に僕が知らなかっただけだと思いますが・・・。

あんな所にこんな静かな佇まいがあったので、思わずパチリ。

関西人的には「歌舞伎町」って聞くと、なんか危険な犯罪売春のイメージからゾクゾクしてしまうのですが、飲み屋とかもごく普通な感じです。



もちろん、日本食も堪能してきました♪

この時期、暑い日本では冷やしうどんとかざるそばが妙に食べたくなります。

でも、実はレストランに入るとかなり冷房が効いていて、注文して料理が出てくるまでの間に寒くなってしまって、「あ、普通の温かいうどんにすれば良かった・・・」なんて思うこともしばしば・・・。

炎天下の中を歩いてて、「あ~冷たい何かが飲みたい~!」と思ってカフェに入っても、店内のあまりの寒さに「え~っと、・・・ホットラテ下さい」と頼んでいたりもします。




これからも少しの間は赴任準備で忙しい日々が続くと思いますので、ブログの更新が多少滞るかと思われます・・・(汗)。

まあこのブログの性質上、日本でブログ書いててもあまり面白い記事は書けないですしね・・・。

本番はエルサレム入りしてからです!(と自分に言い聞かせてみる。)

PS. 東京でのオフ会を希望されていた皆さん、申し訳ありません。暇をみてご飯でも計画しようかとも考えていたのですが、夕食の予定がほぼ毎晩詰まっていたことや、東京の地理が良く分からなかったこともあり、考えている間にどんどん時間が過ぎていってしまいました・・・。関西(神戸)でのオフ会は、前向きに考えております・・・。


「世界の都」エルサレム。

この町には3,000年以上の歴史がありますが、それはこの町の領有権を巡る様々な征服者による戦いの歴史と重なります。

時代を経て、遺跡の上に別の遺跡が積み上げられて、現在のエルサレムの町が構成されていきました。

イスラム教の預言者ムハンマドが昇天した場所と言われる「岩のドーム」。

西暦70年に破壊されたユダヤの神殿の一部として残る「嘆きの壁」。

イエス・キリストが処刑されたゴルゴダの丘に建つ「聖墳墓教会」。

この世界3大宗教の聖地が一つの町にあることで有名です。



この町は歴史も複雑ですが、現在に至るまで様々な問題のある町です。

この町の西部(西エルサレム、エルサレム新市街とも言う)はイスラエルが主権を主張し、東部(東エルサレム、エルサレム旧市街)はパレスチナ自治政府が主権を主張しています。

あまりにもややこしいのでこの町全体を国連の管理下に置こうという計画もありますが、その計画は現在のところ頓挫しています。

イスラエルはエルサレムを国の首都に制定していますが、国際社会はこれを認めていません。

なのでイスラエルの国家機関のほとんどはエルサレムにありますが、主要各国の大使館は(日本も含め)テルアビブにあります。

でもなんだかんだ言いつつ、イスラエルがこの町全体を管理しつつあるようです。

また、現在イスラエルがヨルダン川西岸に建設している「分離壁」によって、この町をパレスチナのその他西岸の町々から分離しようとしています。

つまりエルサレムをパレスチナの他の町と分離して、この町のイスラエル側との結び付きを強めて、この町はイスラエルの一部だという既成事実を作ろうとしています。


この町の将来がどうなるかは、今のところ誰にも分かりません。

でもこの町にも、もちろん普通に生活している人たちがいます。

殺し合いや自爆テロの話だけでなく、エルサレムに普通に住んでいる一般生活者の息吹を、ブログという形で少しでも伝えていければと思っております。


・・・あ、まだもう少し日本にいます。